ガーディアン・ガーデン

ガーディアン・ガーデン―乙女の守護者 (ティアラ文庫)

ガーディアン・ガーデン―乙女の守護者 (ティアラ文庫)

 例えばさー「お嬢ちゃん、俺に触れると火傷するぜ」とかいう類のセリフってさー、「これを言ったからかっこいいキャラ」って事じゃなくてさー、最低限作者がこの馬鹿馬鹿しいセリフを頭のどっかでかっこいい!と信じて疑ってないようなところがないと成り立たないわけですよ。設定もセリフも一生懸命いかにもベタ…というより昭和〜なキザったらしいことをやってるんだが、どうも書いてる人にその熱意がないというか、「それらしきもの」を切って貼ってつなげただけというか、どこまで行っても「そんなこと突然言われてもなー…」という…感じが…。著者の言葉のところ見たら「何も考えずに楽しめるものを目指しました」とあって「だからといってあなたが何も考えなくていいということではないだろう」と突っ込みを入れてしもうた。うーんうーん。


 で、どーしてそういうことになるのかと考えてみたわけだが、どうもゲームが元らしいんだな。多分「寒いまでにかっこいいことをあえて堂々とやる」という感じのコンセプトなんだろうが、それならそれでゲームと小説の受身さ・楽しさの違いを考えなきゃなんなかったんじゃないだろーか。ゲームってどんなに細かいテキストを入れてもボタンを押してる以上参加してる訳で、押して画面が暗転して次のグラフィックが出るまでの間に頭の中で与えられた情報をつなげてんじゃないかなア。その点小説は最初から最後まで受身で追ってるだけだから、能動的に考えることは読み終わるまで基本止まってて、だから情報だけではなく文章にしなくてはならないんだが、どーもその辺無自覚で書いてて、ずっと違和感がすごかったんじゃないかなと…。アドベンチャーゲームをやりなれてて、グラフィック100%にするためにえんえんとやり続けられるような人は私よりなじめるのかもしれない。今思えば情報はやたらあった。筋と文章になってないだけで。


 そんな感じでやりたいことも何を外してるのかも丸わかり状態でエロシーンなど入られた日には凍えること必至なのでティアラ文庫最大の個性のひとつであるはずのその辺を読む勇気がありませんでした…。おおう。絵もなあー女キャラもう少し可愛く…というか男キャラの半分位でも愛を持って描いてあげてよう。主人公視点のゲームは抑え目にするものなんだろうが、せっかくの少女小説なのにー。