何かどうも最近、承認欲求という言葉をよく目にするような気がする。いや、それ自体はなんかしら人間が生きるため以外の行動とか表現をし始めたときからある欲求なのだし、特にネットができてからは言われてたんだろうと思うんだけど、あえてコメントとか分析を生業にしている人とか世間が私に聞こえるレベルで具体的にこの4文字を使うようになったのは最近じゃないかなと思う。いつからか考えるに、承認が「されなくて当然のもの」とか「努力が必要なもの」から「何もしなくてもされたい」「生きているだけでされたい」というようなものになってからのような気が…。いや、ちがうな。「確認するまでもないもの」から「されなくて当然のもの」になって「何もしなくてもされたい」という戻ってるようで全く違うものに変貌をとげてから、聞くようになったような気がする。

まあなんでもいいんだが、この承認欲求というやつに少々疲れている。そもそも人間関係に承認なんて必要ないんである。お互い様と思っておけばいいんである。承認してほしいならほしいで、素直にそう言やいいんである。「承認されたいし浴びるように愛されたいけど返すのは面倒!!!」と言い切られたら笑うしかないし、それだけのことである。欲望が嫌われるんじゃなくて、プライドや見栄をごまかす卑屈さが嫌われるんである。あああ丸っきりわたしの事だよ。ああもう皆相撲をとろう。いいじゃないかそれで。どうせ皆仮にキムヨナ級の努力したって金メダルなんて取れないし、上目遣いで承認を待ってる人間なんて、仮に全世界の人間にブラボーって言われたってそれを承認できやしないのだ。こころゆくまで相撲をとって、ボロを出し合おうぜ。なんかもうそれしかないような気がするんだぜ。キャッフーイ!(切れた)